2010年12月13日「金融商品トラブル 違法性あれば負担減も」(日経ビジネス)
日経ビジネスに記事が掲載されました。(2010年12月13日)
「金融商品トラブル 違法性あれば負担減も」
リーマンショック以前に契約した金融商品が中小企業の経営を圧迫している。昨今の円高の影響で、為替デリバティブの損害が拡大しているからだ。
為替デリバティブは、円安時には一定の金額で外貨を調達できるメリットがあるが、円高になると多額の損失が発生する。様々な付加条件がつくことで、円高が進んだ場合の損失金額が何倍にも膨らむ。契約時に1ドル=110円で契約した場合、直近での相場が1ドル120円でも、1ドル=100円でも、調達は1ドル当たり110円になる。1ドル=80円まで円高が進んだ場合、上記の契約では1ドルごとに30円の損が出る。特にレバレッジやギャップと称される条件が付加された契約だと、円高に振れた場合に損失金額が何倍にも膨らむ。しかも5年から10年といった長期にわたり原則として中途解約できず、仮に中途解約できても莫大な解約損害金を支払わされる。
年間の営業利益が1000万円台の中小1億円に届かない企業に、数億単位円の損害金が求められる例もある。取引件数に関する正確なデータはないが、こうした取引は全国で数万社に上ると推測される。銀行は、こうしたハイリスクなデリバティブ商品を、専門知識がない中小企業に大量に販売していた。企業の中には本業が黒字であっても、為替デリバティブの負担で倒産寸前のケースもある。銀行は間接金融の担い手として公益的使命を負っているからこそ公的資金の投入を受けて救済されたはずだ。銀行が自行の収益を優先して中小企業に大量の為替デリバティブ商品を販売し、日本経済を下支えする数多くの中小企業が苦境に立たされていることは大きな問題だろう。この類のトラブルで訴訟は起きているが、まだ判決が出る段階に進んだ事例はないようだ。
最悪の事態を説明されたか
こうした事態を受けて、金融庁は今年4月に監督指針を改正し、為替デリバティブ取引の勧誘について規制を強化した。規制の1点目は、「適合性原則」の徹底だ。適合性原則とは、顧客の実情と意向に沿った勧誘を行わなければならないというもの。輸出入実績がない企業への勧誘や、実際の輸出入金額に照らして不適切な規模の契約の勧誘は適合性原則違反となる。そもそも、中小企業は市況の変化に伴い実需が大幅に変動することが多い。そうした特徴を踏まえずに長期にわたり同一条件で拘束する契約も問題だろう。
2点目は説明義務の強化だ。従来から、説明義務は顧客の理解度・判断力に応じて、顧客が理解できる説明を要するとされてきた。新監督指針は、リスク説明について、「過去のデータを踏まえて最悪の事態を想定した最大損失額を説明しなければならない」と定める。したがって、1995年に1ドル=80円を上回る円高・ドル安になったことがある以上、仮に80円まで円高が進んだ時の最大損失額がどの程度か説明しなければならない。中途解約時の解約損害金についても同様だ。
しかし、監督指針は既に被害に遭った中小企業の救済を図るものではない。銀行に対して支払い金額の減免を求める場合は、あっせんや調停、民事訴訟といった法的手続きが必要になる。今までのところ適合性原則違反が明白なケースに限り、あっせんや訴訟上の和解が成立して解決しているケースは適合性原則違反が明白な事例に限らているようであいる。例えば、輸出入実績がない企業に対して勧誘したケースや為替リスクを負担していない企業に対して勧誘したケースなどがこれに当たる。
ただ、実需を大きく超えた金額の契約だったり、金融商品に関する知識、経験が殆どない顧客に複雑な内容のと説明不足のまま契約させたりしたりといった場合も、適合性原則違反になり得る。また特にリスク説明は、書面に書いてあれば足りるというものではなく、顧客が理解できる内容でなければならない。
「1ドル=100円を突破する円安は考えられない」といった顧客のリスク認識を誤らせるような説明や、円安時のメリットばかりを強調した説明も説明義務違反になり得るる。顧客からの中途解約の申し出に対して誠実に対応せず、解約損害金の金額を拡大させた場合は指導助言義務違反を問われる可能性がある。
銀行との関係が悪化することを心配して損失に耐えている企業は多い。しかし、契約内容や銀行側の勧誘のあり方によっては、負担を軽減できる余地は大きいし、実際に軽減できている。見直してみる価値はある。
略歴
本杉 明義(もとすぎ・あきよし)氏
1963年生まれ。早稲田大学法学部卒。1992年、司法試験合格。東京弁護士会所属。金融機関側及び顧客側から金融商品取引の訴訟案件を200件以上手がける。